blog@雲ヶ畑奮闘記

京都雲ヶ畑で【七和三洋の暮らし】を実践する【これから日本人】の覚え書
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自然の経済性

開発か自然保護か、環境か経済か、といった対立軸ではなく、
「経済的で自然保護にもなる生活法を発展」させていく方法を考えよう。

これは本質的な「経済と環境の両立」という意味であって、「環境に配慮したエコ商品消費社会」のような「エコ」経済発展ではない。
そもそも自然は超経済的で、無駄がなく、しかも完全なエコシステム(生態系)である。
自然保護と聞いて、博物館に保存された文化遺産ごとく分離して考えてはならない。
自然とはまさに生きたシステムであって、化石のような文化遺産とは違う。
当然、文化それ自体も生きたまま受け継がれていく「システム」そのものでなければ、単なる趣味の世界の、ぜいたくな閲覧品である。

人間はこの自然の「生きたシステム」を再発見しなければならない。
そこには最高の経済性が見出せる。

たとえば、薪ストーブの利用を考えてみよう。

薪ストーブは、冬には最高の暖房、調理器具だが、薪をすべて購入する現代の消費スタイルならかなり不経済な「趣味の」「ぜいたくな」産物である。
しかし、暖房や調理に使う薪を自ら山に行き調達してみるとどうだろう。
山で自ら手に入れた薪を使うことで燃料コストが削減するばかりでなく、人間の自然への理解と関心を高め、また森林を保護するという関わり方が無理なく可能である。
つまりこの行動によって、暖房や調理のエネルギーコスト、自然教育のコスト、森林保護・管理コストは超経済的にデザインされ、「生きたシステム」として最適化される。
これが自然の経済システムの利用である。

実質タダの薪を購入することは、個人の負担を増大させるだけでなく、自然教育の機会を奪い、森林の保護管理に個別のコストを要求する。
これが分断された経済システムである。

新たに経済性を計画する必要はない。
自然を求めることで、すべては必然的に準備されていくのである。
つまり、自然を求めることは、必然として超経済的なシステムが与えられるということだ。
その自然が与えるシステムを間違うことなく利用し、自然の教えを学んでいく技術を身に付けていくことが重要である。

利己的な考えや一過的な経済性を求めてはならない。
自然の教えは、現代の経済とは考え方が違うものだ。
それが最適なバランスを生み、最高の経済性を発揮する。

今、思うこと | permalink | comments(26) | trackbacks(2)

中元・歳暮は日本のしきたり?

例えば、中元・歳暮。
あれは、日本人のしきたりですと言われるか。否、戦前には――私はよく覚えているが、また戦前の良き時代を知る方々からも聞かされるが――今日ほど血眼の中元・歳暮「合戦」は決してなかった。いま、これでもかこれでもかと中元・歳暮の宣伝に使われつ品物を見てみれば、緑の革命・アグリビジネス・多国籍企業のそれらビッグビジネス。食関係ビジネスの商品が浮かび上がる。

 いまのやり方での中元・歳暮の悪(あえて私は悪と書く)は、生活に困らない階級になればなるほど、高価ぜいたくな品々が、洪水のように、とめどなく往復することである。有難がる心の一辺を持ち合わせぬ人々の手から手へ、何万、何十万円の品々が動きまわる!あまつさえ、「気が利かないねえ、また、こんなもの…」、そして「自分(や会社づとめの夫)にとって利用価値のない赤の他人の」、寝たきり老人やひとりぼっちや孤児院には中元・歳暮は「おあまりの」「使い道もない」のこりものが時に行くぐらいで決してゆかない。ビジネス儲け主義によって「つくり上げられた」エゴイズムすなわち中元・歳暮。

「でも、中元・歳暮の大売出しや競争があるから、アルバイトの学生たちなどは助かるよ」と言った人もいる。それは現状維持の発想法だ。
「あなたは一匹狼で自由業で、上役(とその怖い奥さん)など知らないから中元・歳暮の批判ができる」という人も時にいる。ちゃんと上役を持ち、しかし信念と勇気から中元・歳暮をしない少数の人々を私は知っている。別にそれだからどうと言うことはない、のである。
つくり上げられたビジネス商業にふりまわされたとき、贈答はワイロにも通じてゆく…。

犬養道子 「人間の大地」より
日本人のお勉強 | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

日本人の奥ゆかしさ

温暖化関係の検索をしていてみつけた武田邦彦(中部大学)さんの記事。
昔の日本人の礼儀の奥ゆかしさについて書かれています。
以下に紹介します。

16の知恵(1)礼儀 http://takedanet.com/2008/08/post_303a.html
新渡戸稲造の「武士道」に「礼儀」の一つの形態としてある出会いの振る舞いが紹介されている。

 真夏の太陽がじりじりと照りつける真昼時、先方から知り合いのご婦人が歩いてくる。彼はご婦人を見つけて声をかけ、お互いに丁寧に挨拶を交わす。

 太陽の光は相変わらず二人を照りつけている。彼は話を交わしながらそっと、それまでさしていた日傘をたたみ、炎天下に身をさらず。この時の彼の心境を新渡戸稲造は次のように解説している。

 「私とあなたがもっと親しければ、私の日傘の中に入っていただきたい。でも、ここは天下の公道であり、私とあなたはそれほどには親しくはない。だから、あなたが炎天下で私とお話をしていただけるなら、私も同じように炎天下で」

西郷隆盛がどのような人物であったか、さまざまな批評もある。でも、彼の姿は無条件に日本人の心を揺さぶる。

 彼が、とある人を訪ねて、遠路はるばるとやってくる。もちろん、当時は電話も汽車もないのだから、大変な労力と時間をかけて知人を訪ねに来たのだ。

 そして、その家の玄関に着いた彼は、すっくとその巨体で立ちつくす。もう、そこに来て何時間になっただろうか、家の中に声もかけず、ジッと玄関に立つ。

・・・声をかければ家の人は、その時に何かをしている手を止めて、私を中に入れてくれるだろう。でも、それは「自分のために相手を働かせる」ということだ。だから、相手が気がついてくれるまで待とう・・・彼はそう思った。

 そのような彼の人格が日本人の心に響く。理屈から言えば彼の行動はおかしいかも知れない。でも、それが日本人の礼儀というものだ。


この婦人の礼儀や、西郷さんの話は現代人には奥ゆかしすぎますね。
今の感覚からすれば色々な解釈や批判ができますけど、こういった価値観や基準を生んだ背景を想像すると、昔の日本人の時間・空間の解釈に何か圧倒的なものを感じます。

現代だろうが何時代だろうが、一人当たりに与えられた時間・空間というのは変わらないのですから、文化の違いだけでこれほどまでに「生きている」質が変わるものなのかと驚嘆します。

この話は現代に持ってこれる話ではないし、単純に物量と幸福度の関係に集約できる話でもないですが、「自分自身がそう感じる」ということに忠実である、というのはいつの時代でも大切なんですね。

そうすることでまったく悔いはなかった。
現代人はなんでも計算ずくのわりに(だからこそ?)、悔いや未練を残しすぎなんじゃないの?と思ったりします。
日本人のお勉強 | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

焚き火と食事

焚き火

最近暖かい週末はいつも外食している。
外食といっても家の外で焚き火をして調理して食べるのだ。
まだ風が吹けば肌寒いが、日差しが指すと家の中にいるよりかえって暖かい。

焚き火に使う薪は主にもらってきた廃材を使っている。理由はすでに乾いているためすぐに使えることと、焚き火だと何でも燃やすことが出来ること。「何でも燃やせる」という感覚は精神的に非常にラクだ。かわって薪ストーブの薪材選びは非常に厄介である。なぜなら以前一度、薪ストーブで廃材を燃やして煙突にコールタールのようなものがびっしりとこびりついたことがあるからだ。合板やベニヤ、集成材などには塗料やワックス、接着剤などの添加物が混じっている場合がほとんどである。それが煙突にコールタールのようにべっとりと付着するのだ。山から下ろした天然の材だとつくのはざらさらのすすだけである。つまり掃除がラク。同じ木材(どちらも廃棄される運命にある)でも街からと山からでなぜこうも違うのか?食べ物を考えてみてもその類似性にぞっとする。

普段の調理には薪ストーブのケシ炭を利用しだした。ケシ炭を火鉢に入れて暖をとりつつ調理。今年はこの発見と暖冬のおかげで灯油は買わずにすんだ。昨年まで購入していたコタツ用の豆炭も買わずにすんでいる。2つの「燃料が三ガエった」※のだ。

日本は国土の60%以上が森林であるのに安価な外材を輸入し大事な山を荒らしている。山の木々は密集して曲がり、遮光によって下草も生えない。倒れた木は見向きも去れず放置され朽ち果てる。化石燃料を焚いて遠く外国から木材を運ぶのと、近くの山から採れる100%太陽エネルギーだけでできた木を活用し、森林保全をするのとどちらが効率的、有為的だろう?

今日も雪がちらつく中を外食。焚き火はとても暖かい。
暖をとりながらコーヒーも入れる。水の音、鳥の声、焚き火のはぜる音。
毎日でもこうしていたいのだけど、今は週末だけの楽しみである。


「燃料が三ガエった」…三ガエルとは、和楽で提唱している昔帰り運動のこと。和の道具に「すりかえる」ことによって、暮らしや文化が「生き返り」、「よみがえる」という三段論法である。
その日その日 | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

なぜ世の中はかくも忙しいか

とかくこの世は忙しい。

忙しく働かないと生きてはいかれない。

いらないものを作って売れなければいけない。

そうでなければご飯が食べられぬ。

安月給なので、あまり高いものは贅沢だ。

そうして、安い食材を買う。

安い食材を作るため、業者は大量生産でコストを抑える。

添加物のたくさん入った鮮度の関係ないものは大量生産に向いている。

そうしなければ、業者の”儲け”が無い。

そういうものを食べて、病気にもなるべきだ。

そうしなければ、医者や医療機器メーカーが食えない。

薬局も必要だ。

薬屋や医療機器メーカーはいらない薬や機械をたくさん作って売らなければならない。

そうしないと、そこで働く従業員が食えない。

従業員は稼いだお金でいらないものを買わなければならない。

新しい家電やパソコンや車を次々買わないと株価が上がらない。

そうしないと株主が儲からない。

株主が儲からないと投資が減って経済がまわらない。

経済がまわらないと貨幣価値が下がる。

貨幣価値が下がると経済的に不利になる。

経済的に不利になると外国から狙われる。

そうならないために最新の武器で防衛しなければならない。

最新の武器は恐ろしくお金がかかる。

最新の武器を買うばかりではソンだから、自国で生産しなくてはならない。

そのために先端技術を支えなくてはならない。

先端技術は恐ろしくお金がかかる。

恐ろしくお金がかかるから、いらないものをもっと作ってどんどん売らなければならない。

そうやって忙しく働かないと生きてはいかれない。

そうなんだ。

とかくこの世は忙しい。
今、思うこと | permalink | comments(4) | trackbacks(0)

厳島神社の大杉、切られる。

今日、雲ヶ畑にある厳島神社の大杉が切られました。ちょうど鳥居の手前、入り口付近にあった大杉です。樹齢はわかりませんが、直径は1.5mくらいあったでしょうか。それが今日切られることになりました。

理由は「倒壊の危険があるため」。先ほど切り株を見てきましたが、確かにところどころ腐朽していました。堂々とした巨樹であったのに残念です。林業の方に聞いた話ですが、「杉は、根元からは折れない」ということなので、せめて立ち枯れさせてもよかったのでは?と、ふと思いました。

自然農の福岡正信さんの著書「わら一本の革命」の中に、「鎮守の森は 植物生態学を知って 百姓が植えたのではない 人間の知恵のおかげで大木に育てられたのでもない」というのがあります。お宮があるのはその付近で最も清浄で、神聖なる場所。そこに社を建ててきたのは昔の日本人の「自然を知る能力」の確かさだと思います。その能力は文明の発展と共に衰退し、いまやその証人である巨木も寿命を向かえ、消滅しようとしているのでしょうか。

とはいえ、まだこの神社の鳥居付近には、3本の杉の大木が残っており、訪れる人を迎えてくれます。
今、思うこと | permalink | comments(2) | trackbacks(0)

オシム語録

最近、日本代表監督イビチャ・オシムの記事をよく読む。なぜかそれも、むさぼるように読んでいる。辛辣で率直でしかもクセのある彼のことばは、”オシム語録”と呼ばれ、本もベストセラーにもなっているが、そういった話題性という理由からではなく、率直に今の自分に合っているから響くのでる。

彼の目指すサッカーは「日本オリジナル」。ブラジルでもイタリアでもフランスでもない日本のサッカー。それがオシムの目指すチームの姿である。奇しくも拙著のコラムで私は”日本のサッカー”の必要性を説いた。おどろいたことに、それと同じことをこの外国人監督は指摘し、既に実践しているのである。

サッカーのコメントであるが、”オシムのことば”は日本に対する、また日本人に対するメッセージに思えてくる。「準備不足」「子供病」「指示を待つな、自分で考えること!」「スターは要らない」「走って、走って、走れ!」…これらは、現在の日本人の”習慣”や”精神性”に訴えかけたメッセージだ。日本を代表する、しかもプロの選手達が、これらいわば”当然であるべき”ことをいまさらながらに言われる屈辱。これらはもはや、プレーする選手達だけの問題ではない。われわれ大人も充分に省みなければならない問題である。

また私は、先のコラムの中で「サッカーやあらゆる競技・表現には国が現れる。」とも書いた。日本のサッカーには、”現在の日本”の病理が現れている。特に歴史の若い日本のサッカーにおいては、顕著にその未熟さが現れている。オシムのことばは、われわれ日本人に「なぜ日本の若者は成長できないのか?」、「なぜ日本の大人はこんなに未熟なのか?」、「大人なのに、なぜあたりまえのことができないのか」と問うている。国・社会を形作っているのは”人間”だ。政治でも経済システムでもない。問題なのは人間、そして教育である。その教育の問題は、われわれ自身の問題ではないか?それを、彼は指摘しているのである。

オシムは若い選手しか呼ばない。それは、既にプロとして何億円も稼いでいるスター選手のプライドを傷つけ、ブランドに泥を塗り、権威を失墜させる行為を、選手自身が耐えられないからであろう。若い選手は違う。その向上心ゆえ、またそのプライドを燃やし、果敢にトレーニングに耐える、”熱い鉄”だからである。冷え固まった鉄はもう打っても成長しない。打てば相手を傷つけ、壊れゆくのみである。もし仮に古い鉄がもう一度、熱く輝くことになるなら…。日本の教育もまだまだこれからよくなっていくだろう。

オシムは良い指導者である。コーチである。先輩である。「サッカー学校はすばらしい学校だ。ここを卒業したなら、その人の人生はすばらしいものになるだろう」この言葉は、どの道にもあてはまる言葉だ。自分もそれを体現できるように努力していきたい。

日本代表監督としての彼の成功は未知数だけれども、それ以外で何か日本に大きな功績を残してくれる人だ、と私は確信している。

今、思うこと | permalink | comments(2) | trackbacks(0)

「きもの学」に参加しました。

31日、大学コンソーシアム京都の「きもの学」に参加しました。講師は男のきもの大全でおなじみの早坂伊織さん。男のきもの大全は男着物サイトのさきがけ、我が和楽社中でも着物デビュー当初よりお世話になっていたサイトです。

講義は、着物の基本・着方から業界の現状、市場の動向まで幅広い内容のものでした。講義中、着物の着付けのモデルとしても登場させてもらうなど、貴重な体験もさせてもらいました。普段古着を着ていて「ちゃんと着付ける」というのは初めてなので、着物の機能や寸法というものは考えられてるな〜と思わされました。オートクチュールと「着付け」、というのは完全にセットですね。ひとつの芸術です。
逆に古着と「着方」に関しては、もっともっと工夫していく余地、また発掘していく必要がありそうです。昔は着物はすごく貴重で一般的にはほとんど古着が流通していた、着物を仕立てるというのは一生のうち三回あるかなし、ということを考えると、やはり古着と「着方」の知恵・工夫というものもあったはずです。そういった「着方」の知恵というものも今後もっと研究・発掘されるべきことですね。

ともあれ、着物というものは元来、お仕立て・着付けの文化であった、ということが再認識できました。その文化・蓄積は後世に伝える価値があります。伊織さんのおっしゃるとおり「正しく」伝えていってほしいです。とても興味深い講義でした。きもの学の試みも非常に面白いものだと思います。一見・一聞の価値ありです。

講義のあとも伊織さんを囲んで、お食事にも参加させてもらい(!)、様々な方に出会えて夜も更けるまで熱談は続き、これまた貴重な時間をすごせました。皆さんの熱意や着物・文化に対する思いに共感し、和楽もがんばっていこう!と気合も新たにしておるところです。ホントに刺激になります。

夕食会をコーディネートしてくれたえいたろうやさんとも意気投合し、日本人の心の勉強も、益々磨きがかかりそうな予感。陽明学からまた、新たな出会いの一歩を踏み出した感があります。

楽しかったし、ホントに行ってよかった!と思います。誘ってくれたゆのちゃん、ありがとう!また前進です。
日本人のお勉強 | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

活学(活きている学び)

人生と陽明学
人生と陽明学
安岡 正篤
日本人の精神を求めて本をたどっていくうちに、これに行き当たりました。難しい学問のお勉強や、研究のための書ではありません。ストレートな実践のための学び(本書では「活学」と言っています。)、論語の「学びて時に之を習う、また説ばしからずや」の意、そのものの哲学です。

この思想は、江戸の武士や幕末の志士、近代日本に多大な影響を与えたそうです。陽明学を学ぶにつれ、僕自身も知らず知らずのうちに、この思想を受け継いでいたことに気付かされました。読み進めるごとに、「日本に目覚めたきっかけが、まさにこの陽明学であったのか」と驚くほどの邂逅(かいこう)を覚えます。

まだ、陽明学について多くを知りませんが、いくつか心に残るものを実践していくことで、今まで読んだものが気付きとして噛み締めていくことになるでしょう。実際に、これほど実感を伴う学問の経験はありません。「知識」が「知恵」と化していくとでもいうのでしょうか、単なる知識だったものがどんどん裏打ちされていくような感覚です。

日本を学びたい方、特に精神について学びたい方には強くお勧めします。岡倉天心の「日本の目覚め」も読まれると、日本の歴史とその裏にある精神の働きについて理解が出来ると思います。

陽明学、奥が深いのでもっともっと知りたくなりましたが、とにかく必要なのは己を正し、実践していくことですね。そこからまた新たな出会い、経験があると思っているところです。

ついに日本人のしっぽを捕まえた!
日本人のお勉強 | permalink | comments(1) | trackbacks(0)

着物のこと

もう着物を着てかれこれ7年ほどになる。
着物を着始めた頃の自分と、今の自分では若干その意図が違ってきたようだ。

きっかけは、京都ものづくり塾に入った頃くらいだったと思う。祖母が和裁の出来る人なので、反物を買って仕立ててもらうことにしたのだ。あいにく祖母は高齢で、仕立ては他の業者に頼んだ。呉服屋さんで選んだ反物は、紺のウール地だった。価格は2桁出したが、自分の予算で作れる範囲の、これが着物かと落胆したのを覚えている。当初の着物の目的は「おでかけ」。外に行く為に着る、よし着るぞという感じだった。素人ゆえ、呉服屋の言うままに、頭の先からつま先まで全て揃えた。

しばらくして、弘法さんなどの蚤の市で、古着が安く買えるのを知った。それが、自分の着物ライフの本格的な始まりだった。この感動を伝えようと、和楽社中でも古着を販売することになったのは、この頃からである。

古着を安く手にすることで、ようやく納得のいくものが普段着用となる。その頃から、自分にとって着物は「日本人のユニホーム」的存在になった。落ち着きやくつろぎを求めて、というのも当然あったが、多分にナショナリズム的な気概がウェイトを占めていたと思う。着物でどこへでも行き、(多分にみすぼらしい格好だったと思う)それが適わぬときは憤慨もしていた。TPOという考えも何もあったもんではなかったし、普段着=洋服感覚という意識から、下にズボンをはいたりシャツを出したり、とにかく既成概念を取っ払おうというつもりでいた。筒袖なども試し、(それがどんなものであれ)着物で通すぞ!という思いであった。主にボロいものを、わざと好んでも着ていた時代だった。

引越しを機に持っていた洋服をすべて処分したため、持っている洋服と言えば、下着類と礼装のスーツ一式、あとは消防団で貸与される制服のみである。仕事中など、普段は作務衣を着ている。以前勤めていた工房時代の制服で、それからずっと作務衣は着ている。かれこれ18年ほどになるか。こちらのほうが年季は長い。まったく便利だと思う。

最近の着物は、(ボロではなくなったが)今も古着を愛用している。主にくつろぎ用である。おでかけ用と呼べるものは、正直今のところ持っていない。古着ゆえ、どこへでも行くのは少しはばかる(?行ってますね)というような心持にはなった。しかし、新品に袖をとおす気持ちはまったく無い。原因は、心に響くものがいまだに無いこと、職人風情がお仕立ての新品など、とても身分に見合わないと遠慮してのことである。先に述べた引越しのときに、あらゆる文明消費財とも縁を切った。ゆえにもう今後一切、よほどの目的がない限り、物質的合理主義のにおいのするものに手は出さないだろう。

すでに着るものが着物以外に無い今でも、いまだに着物が似合っているとは思えない。これは自分の精神によるものだと思っている。

はやく、本当に着物の似合う男になりたいものだ。
人となり | permalink | comments(2) | trackbacks(0)
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