blog@雲ヶ畑奮闘記

京都雲ヶ畑で【七和三洋の暮らし】を実践する【これから日本人】の覚え書
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着物のこと

もう着物を着てかれこれ7年ほどになる。
着物を着始めた頃の自分と、今の自分では若干その意図が違ってきたようだ。

きっかけは、京都ものづくり塾に入った頃くらいだったと思う。祖母が和裁の出来る人なので、反物を買って仕立ててもらうことにしたのだ。あいにく祖母は高齢で、仕立ては他の業者に頼んだ。呉服屋さんで選んだ反物は、紺のウール地だった。価格は2桁出したが、自分の予算で作れる範囲の、これが着物かと落胆したのを覚えている。当初の着物の目的は「おでかけ」。外に行く為に着る、よし着るぞという感じだった。素人ゆえ、呉服屋の言うままに、頭の先からつま先まで全て揃えた。

しばらくして、弘法さんなどの蚤の市で、古着が安く買えるのを知った。それが、自分の着物ライフの本格的な始まりだった。この感動を伝えようと、和楽社中でも古着を販売することになったのは、この頃からである。

古着を安く手にすることで、ようやく納得のいくものが普段着用となる。その頃から、自分にとって着物は「日本人のユニホーム」的存在になった。落ち着きやくつろぎを求めて、というのも当然あったが、多分にナショナリズム的な気概がウェイトを占めていたと思う。着物でどこへでも行き、(多分にみすぼらしい格好だったと思う)それが適わぬときは憤慨もしていた。TPOという考えも何もあったもんではなかったし、普段着=洋服感覚という意識から、下にズボンをはいたりシャツを出したり、とにかく既成概念を取っ払おうというつもりでいた。筒袖なども試し、(それがどんなものであれ)着物で通すぞ!という思いであった。主にボロいものを、わざと好んでも着ていた時代だった。

引越しを機に持っていた洋服をすべて処分したため、持っている洋服と言えば、下着類と礼装のスーツ一式、あとは消防団で貸与される制服のみである。仕事中など、普段は作務衣を着ている。以前勤めていた工房時代の制服で、それからずっと作務衣は着ている。かれこれ18年ほどになるか。こちらのほうが年季は長い。まったく便利だと思う。

最近の着物は、(ボロではなくなったが)今も古着を愛用している。主にくつろぎ用である。おでかけ用と呼べるものは、正直今のところ持っていない。古着ゆえ、どこへでも行くのは少しはばかる(?行ってますね)というような心持にはなった。しかし、新品に袖をとおす気持ちはまったく無い。原因は、心に響くものがいまだに無いこと、職人風情がお仕立ての新品など、とても身分に見合わないと遠慮してのことである。先に述べた引越しのときに、あらゆる文明消費財とも縁を切った。ゆえにもう今後一切、よほどの目的がない限り、物質的合理主義のにおいのするものに手は出さないだろう。

すでに着るものが着物以外に無い今でも、いまだに着物が似合っているとは思えない。これは自分の精神によるものだと思っている。

はやく、本当に着物の似合う男になりたいものだ。
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