blog@雲ヶ畑奮闘記

京都雲ヶ畑で【七和三洋の暮らし】を実践する【これから日本人】の覚え書
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日本人の奥ゆかしさ

温暖化関係の検索をしていてみつけた武田邦彦(中部大学)さんの記事。
昔の日本人の礼儀の奥ゆかしさについて書かれています。
以下に紹介します。

16の知恵(1)礼儀 http://takedanet.com/2008/08/post_303a.html
新渡戸稲造の「武士道」に「礼儀」の一つの形態としてある出会いの振る舞いが紹介されている。

 真夏の太陽がじりじりと照りつける真昼時、先方から知り合いのご婦人が歩いてくる。彼はご婦人を見つけて声をかけ、お互いに丁寧に挨拶を交わす。

 太陽の光は相変わらず二人を照りつけている。彼は話を交わしながらそっと、それまでさしていた日傘をたたみ、炎天下に身をさらず。この時の彼の心境を新渡戸稲造は次のように解説している。

 「私とあなたがもっと親しければ、私の日傘の中に入っていただきたい。でも、ここは天下の公道であり、私とあなたはそれほどには親しくはない。だから、あなたが炎天下で私とお話をしていただけるなら、私も同じように炎天下で」

西郷隆盛がどのような人物であったか、さまざまな批評もある。でも、彼の姿は無条件に日本人の心を揺さぶる。

 彼が、とある人を訪ねて、遠路はるばるとやってくる。もちろん、当時は電話も汽車もないのだから、大変な労力と時間をかけて知人を訪ねに来たのだ。

 そして、その家の玄関に着いた彼は、すっくとその巨体で立ちつくす。もう、そこに来て何時間になっただろうか、家の中に声もかけず、ジッと玄関に立つ。

・・・声をかければ家の人は、その時に何かをしている手を止めて、私を中に入れてくれるだろう。でも、それは「自分のために相手を働かせる」ということだ。だから、相手が気がついてくれるまで待とう・・・彼はそう思った。

 そのような彼の人格が日本人の心に響く。理屈から言えば彼の行動はおかしいかも知れない。でも、それが日本人の礼儀というものだ。


この婦人の礼儀や、西郷さんの話は現代人には奥ゆかしすぎますね。
今の感覚からすれば色々な解釈や批判ができますけど、こういった価値観や基準を生んだ背景を想像すると、昔の日本人の時間・空間の解釈に何か圧倒的なものを感じます。

現代だろうが何時代だろうが、一人当たりに与えられた時間・空間というのは変わらないのですから、文化の違いだけでこれほどまでに「生きている」質が変わるものなのかと驚嘆します。

この話は現代に持ってこれる話ではないし、単純に物量と幸福度の関係に集約できる話でもないですが、「自分自身がそう感じる」ということに忠実である、というのはいつの時代でも大切なんですね。

そうすることでまったく悔いはなかった。
現代人はなんでも計算ずくのわりに(だからこそ?)、悔いや未練を残しすぎなんじゃないの?と思ったりします。
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