blog@雲ヶ畑奮闘記

京都雲ヶ畑で【七和三洋の暮らし】を実践する【これから日本人】の覚え書
<< August 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | permalink | - | -
<< オシム語録 | main | なぜ世の中はかくも忙しいか >>

厳島神社の大杉、切られる。

今日、雲ヶ畑にある厳島神社の大杉が切られました。ちょうど鳥居の手前、入り口付近にあった大杉です。樹齢はわかりませんが、直径は1.5mくらいあったでしょうか。それが今日切られることになりました。

理由は「倒壊の危険があるため」。先ほど切り株を見てきましたが、確かにところどころ腐朽していました。堂々とした巨樹であったのに残念です。林業の方に聞いた話ですが、「杉は、根元からは折れない」ということなので、せめて立ち枯れさせてもよかったのでは?と、ふと思いました。

自然農の福岡正信さんの著書「わら一本の革命」の中に、「鎮守の森は 植物生態学を知って 百姓が植えたのではない 人間の知恵のおかげで大木に育てられたのでもない」というのがあります。お宮があるのはその付近で最も清浄で、神聖なる場所。そこに社を建ててきたのは昔の日本人の「自然を知る能力」の確かさだと思います。その能力は文明の発展と共に衰退し、いまやその証人である巨木も寿命を向かえ、消滅しようとしているのでしょうか。

とはいえ、まだこの神社の鳥居付近には、3本の杉の大木が残っており、訪れる人を迎えてくれます。
今、思うこと | permalink | comments(2) | trackbacks(0)

スポンサーサイト

- | permalink | - | -

この記事に対するコメント

うちの氏神様のところでも同じような議論が持ち上がっています。
鎮守の森が人の手によるものでなく、自然の偉業であれば、その鎮守の森が壊れつつあるという裏にはそれを導くだけの人間の悪行が隠れているということです。
風水の観点からも日本の神社とそれを支える鎮守の森というものは理想的な配置になっているそうですが、近年ではその鎮守の森に気を導く山を平気で削ったりという所業が横行してきました。
そうした行為が現在のひずみを生み出しているのでしょう。
「便利」「進歩」「発展」などという美辞麗句に踊らされ、ことの本質が見えなくなっている現代日本人に対する警告と捉えるのは私だけではないと思うのですが・・・
kenzo | 2006/10/19 8:50 PM
まったくそのとおりです。
今度の伐採の時はどうやったか見てませんが、以前、道路拡幅の為「大岩」を削る工事の時にはちゃんと地鎮祭をやっていました。

利益のみを追って自然に対する畏怖を無くしたらおしまいです。その自然を象徴する事物が消えていくのは、その教えを伝えるすべをひとつ失うということ。大きな損失だと思います。

「便利」「進歩」「発展」も大切ですが、その本分を忘れてはいけない。時代やカタチが変わっても、残さないといけないのは精神ですね。
じゃん | 2006/10/19 10:26 PM
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://jansemble.jugem.jp/trackback/8
この記事に対するトラックバック
Profile
Links
New Entries
Categories
Archives
Recent Comments
和楽社中のホームページ
RECOMMEND
人間をみがく―『小学』を読む
人間をみがく―『小学』を読む (JUGEMレビュー »)
安岡 正篤, 安岡正篤講話選集刊行委員会
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
武士道
武士道 (JUGEMレビュー »)
新渡戸 稲造, 矢内原 忠雄
RECOMMEND
日本の目覚め
日本の目覚め (JUGEMレビュー »)
岡倉 天心, 入交 雅道
RECOMMEND
代表的日本人
代表的日本人 (JUGEMレビュー »)
内村 鑑三, 鈴木 範久
SPONSORED LINKS
MOBILE
qrcode